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やまなみ9月号 |
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| 教材の宝庫アメリカ 校長 堀井 重樹 | |
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堀井重樹校長
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ベイエリアの短い夏が終わりました。夏の思い出を小脇に抱えて(夏休みの作品等)カートを引きつつ子ども達が集まりました。笑顔、笑顔、笑顔。その中に、楽しかった夏の思い出が凝縮されているようです。一時は心配しました児童生徒数の落ち込みも1300台に回復し、新しい友達を多数迎えての、前期締めくくりの9月となります。(前期授業終了→9/28)「終わりよければすべてよし」ピリッとした締めくくりの月とし、後半期に繋げたいものです。 普段は、忙しい補習校の子ども達ですが、たっぷりと家族との団欒の時間があったのか、小学部の夏休み作品展からはいつもとは違った子ども達の姿が見えてきます。同時に、お父さんやお母さん、ご家族の会話や思索も作品の中から感じられて、ホットな夏休みを思いました。 低学年は絵日記や生物.植物の採集.観察、中学年は体験を織り交ぜた調べ学習、高学年は、社会科や理科の単元に絡んだレポート報告が多かったようです。また、絵画や工作等、日ごろの補習校の教育活動では取り込めないような作品も多くありました。国内では、子ども達の主体的に学ぶ姿勢を育てるために、様々な取り組みが「総合学習の時間」で展開されています。内容も評価も学校の裁量が可能となっただけに、子どもが自らの生き方を振り返り主体的な学びの習慣をつける指導の工夫が問われています。夏休みは、唯一、補習校がそのような総合学習の内容に触れることの出来る期間かも知れません。しっかりした国語力をベースに、自分の興味、関心のある素材を活用した取り組みを望みたいものです。私もこの夏休みを利用して、4日間ほどアメリカの国立公園を見て歩きました。アメリカの雄大な自然もさることながら、身近に生の自然科学の教材が多くあることに驚きました。地球史そのものといえます。すぐにでも授業に取り込みたいような内容が至る所にゴロゴロしているのです。(ケンモアやダイナソートラックの化石、グランドキャニオンの浸食、ザイオンの隆起や褶曲、モニュメントバレーの風化など) 日本では、自然科学を教えるのに、身近に具体例が少なく、折込の写真や資料集、ビデオ等の視聴覚教材や博物館等の見学に頼りましたが、どれも映像やコレクションを通しての迫り方で、教材としてのインパクトに欠けました。感動を伴う迫り方がなかなか創り得ないのです。アメリカには手付かずの自然や生きとし生けるものの痕跡、遺跡が至る所に残っています。ダイナソートラックの荒野に至っては、車を降りたその足元に、恐竜達の足跡や卵、糞までもが化石となって点々と存在するのです。それも一つや二つの足跡ではなく、数頭の巨竜が群れていたように。気も遠くなるような数億年の空間が自分を巻き込みながら急に接近してきて、何ともいえぬ感慨に浸りました。人間は400万年の歴史をもつといいます。太古の巨竜達が生きた時空世界と比べるのは無理からぬこととしても、化石化した生命の栄枯盛衰を目の当たりにして、地球環境を脅かす近代文明の行き着く果てを思いました。 人間は、自然と対立してはならぬ。生きとし生ける自然とともに生きてこそ人類の生存があり得るのではないか。身近にそのままの状態で放置されているいかにもアメリカ的な世界を見、スケールの大きさに度肝を抜かれながら同時にそんなことを思いました。 小学生の頃、地図帳から新潟や秋田、北海道にある油田マークを発見して感動したことがあります。微々たる埋蔵量とはいえ、この資源の少ない日本にも石油が出ると言うことそのものが驚きでした。少年の頭の中の油田マークは、単なる#型ではなく、中生代の三畳紀や白亜紀のジャングルまでが浮かんでくるのです。そこには、デイロボザウルスもいたしティラノザウルスもいた。少年期の空想とはそのようなものではないでしょうか?#型との出会いだけで夢が広がり、学習への関心が深まるのですから、そこに教師の一言や親の相槌(理解)があればなおさらです。50半ばにしても夢覚めやらず、地質学や考古学を深め、教壇に立っている友人がいます。少年期に見た夢はまっすぐそのものですね。 アメリカには日本では味わえない教材が身近に散らばっています。子ども達には、その中の一つでも多く出会い、感動を味わって欲しいと思うのです。それが夢につながればすばらしいことですね。
2002年9月 |
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