カリフォルニアの風

サンフランシスコ日本語補習校通信

2007年度  第3号

2007年6月2日()

補習授業校への思い

サンフランシスコ日本語補習校 校長 植木 進策

先日、授業日の朝早く、小学部1年生の教室の前を通りかかりました。教室の前では、ボランティアの保護者らしきお父さんが、せっせと作品を貼った模造紙を壁に貼り付けておられました。「ご苦労様です。」と挨拶をして、教室の中に入ると、担任の先生と、小学1年生にしてはやや大きい女の子が、これまたせっせと机を並べ替えていました。私は、先生に「おはようございます。保護者のボランティアの方も大変ですね。」と声をかけました。先生いわく、「あれは私の主人です。この子は私のこどもです。」とのこと。改めて、給与だけではない補習授業校の先生の大変さ、熱意を感じました。

補習授業校は、日本人が海外に進出し出したころ、日本から来た方々が自分の子どもたちに日本の教育を教えるため、お父さん、お母さんが先生となり、校長となり、理事長となり、企業の1室や教会の部屋を借りて始められた学校です。まさに寺子屋からの出発だったでしょう。そこには、保護者、先生、理事会の隔てなくまさに足らないところはお互いに手を差しのべながら、一丸となっての教育、学校だったに違いありません。

時を経た今、サンフランシスコ日本語補習校は世界第2位の大規模補習校となりましたが、今でも基本的には少しも変わりません。時の政府の援助はあるものの、海外には及ばない憲法第26条。「26条によって」ではなく「26条の精神によって」政策上の援助を受けるということはあるものの、乏しい財政基盤、ボランティアの理事会、借り物の校舎、そして土曜日だけの勤務の中頑張る先生。まさにないないづくしの中、その時々の理事会、先生、保護者が組織の一員となり、必死の思いで補習授業校を支え、継続し、次の世代に引きついでいかれたに相違ありません。そして補習授業校を支えてきた共通の思いは、「我が子に、なんとか日本の教育を受けさせたい!」という思いだったのではないでしょうか。

私は、補習授業校は完璧からの出発ではなしに、不完全からの出発だと思っております。たとえて言うなら、一本、木枠のとれた木桶です。水を入れれば水は漏ります。そこを手でふさぎ、教育という水をためるその手は、保護者か、先生か、理事会かあるいは地域の人かも知れません。誰かが手を離せばたちまち教育という水はこぼれ落ちてしまいます。それぞれの時代のそれぞれの役目の人が手を出し合い、協力してきたからこそ今の補習授業校が存在しているのだと思います。

いつの時代にもいろいろな意見がぶつかり合う問題、課題はあったに違いありません。逆にいえば、完璧が求められない補習授業校にあっては、これらを解決して行くには、抜けたところをお互いが手を差しのべ合い、それぞれの立場を理解し合いながら、「子どもに日本の教育を教える。」という事業を継続していかねばなりません。そして、完璧を求めるのではなく、限られた条件の中で、より良いバランスの取れた経営をすることが、よい教育をなし、次世代に大切なこの学校を引き継いでいく確かな方法であると思っています。今後ともよろしくご協力をお願いいたします。

お 知 ら せ

「関西にある受け入れ校ご紹介ブログ-帰国保護者の会-」よりブログ紹介の依頼がありました。

名前は「ピアーズ関西」、アドレスは、http://peerskansai.blog85.fc2.com です。