カリフォルニアの風

サンフランシスコ日本語補習校通信

2007年度  第2号

2007年5月5日()

避難訓練を実施して

サンフランシスコ日本語補習校校長 植木進策

 4月21()3授業日には、各校一斉に地震発生との想定で避難訓練がありました。私は、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)の時、宝塚市の中学校で教頭をしていましたが、今回はその時の体験をお話ししたいと思います。

 平成7年(1995年)1月17日のことでした。朝、546分、まだあたりは暗闇でしたが、突然大きな揺れと共に、ものが倒れ、ガラスの割れる音がしました。幸い、私の家は戸棚が倒れ、ガラス戸が割れたくらいで、たいした損傷もなくすみました。直ぐに学校に行こうとしましたが、道路は盛り上がり、ひび割れした中を、車で駆けつけたのを思い出します。学校に着いたとき、まずいつもと違うのは、ガスの吹き出る「シュー」という音とガスの匂い、そして教室に上がってみれば壁は落ち、壁の間から外の景色が見え、柱はX型に大きくヒビが入り中の鉄筋や帯筋がみえる状態でした。とりあえずガスを止め、出勤してきた何人かの教員と共にテレビをみていたら、神戸の東灘区の上空から撮影された風景が映し出され、あちこちで火事が発生していました。アナウンサーが「死者が25人出たと言う情報がはいりました。」と言うのを聞いて、「わー、25人も死者が出てるんや。」とおどろきました。その内、学校に避難をされる方が続々と集まり、体育館を開放し、その対応にあたるため、約1ヶ月程家に帰らなかったと思います。本校の校区でも何十人という方が亡くなられ、3年生の女生徒も1名亡くなりました。後でわかったことですが、この地震は震度7、死者6,432人、全焼6,148棟という大災害でした。一方、貴重な経験もいたしました。反省点として、

1に、「関西では、地震は起こらない。」という油断があり、その備えがあまかったこと。

2に、そのため、市町村も非常用品等(毛布、テント、水、食料、避難場所)の蓄えがないか少なかっ

たこと。

3に、一般の人の中にも意識が低く、建物の補強、家具類の転倒防止対策の不備等があったこと。

私の体験から考え、当地で地震発生の場合、一番危険なのは教室の中だと思います。前述の震災でも、どの学校もダメージは受けましたが、崩壊することはありませんでした。危険なのは、教室の天井から落下するコンクリートのブロックや器具です。当たり所が悪いと死亡することも考えられます。

次に危険だと思われるのは、パニックになることです。教師の統制がきかず我先に逃げて狭い出入り口で将棋倒しになることです。

今回、本校の避難訓練を実施する中で、「地震になれば、まず先生の指示に従って『机の下に潜り込み』落下するものから身(頭)を守ること。その後、先生の指示に従って順序よく外の集合場所に移動すること。」この2つのことを中心に取り組みましたが、この基本的なことこそが身を守る大切なことだと感じています。   

そして、これらのことは学校で実施するだけでなく、ご家庭においてもお話し合いをもたれることが大切です。保護者の方の中に、実際に地震に遭われた方がおありでしたら、こどもにその体験を話されたり、転倒防止用具の取り付けや、非常袋の備え付けなどされ、いざという場合の家族の集合場所、連絡の方法の確認など話しをされて、「災害に対し、油断しないで家族で備えをする。」ということを家族全体で確認していただければと思います。私は阪神・淡路大震災の第一の反省点は「油断していたこと。」だと思っています。普段のちょっとした備えによって、大切な家族の命が守られることもあります。宜しくお願いします。